私が山との関わりを持つようになったのは、歩き始めてそれほど経ってはいなかった。
5人兄弟の末っ子だった私は母が忙しかったせいもあり、隣の家のばあちゃんにかまってもらっていた。
ばあちゃんの名前は畔上マツノと言った。
ヨチヨチ歩きの私を山に連れて行ってくれたマツノ婆ちゃん
隣りの家は歩いて約一時間の山の畑を耕作しており、手を引かれてよく畑に連れて行ってもらった。
テレビの無かった時代と言うのは映画が娯楽の花形で、看板が街角ごとに立てかけられていた。
小学時代の私
“ばあちゃんなんて書いてあるの?” “わからないよ!”
“こんな大きい字なのになんでわからないの?”
“ばあちゃん、学校に行ってないから字が読めないんだよ!”
こんな会話を交わした事を、60年以上経った今でもはっきり覚えている。
学問が無くても、正直な人間だった。
そんなばあちゃんに可愛がられた私だが、生きる為とは言え今まで多くの嘘もついてきた。
しかし、信頼関係を築いているニホンオオカミ研究の仲間の不文律として、【SCIENCEの中で嘘はタブー】というルール作りをし、忠実に其れを守ってきた。
間違いは兎も角、嘘はタブー・・・は研究の大原則だったのだ。
私の住む上尾市に本社が在る自動車製造会社N社のトップまで上り詰めようとした、T氏と言う人物が居る(た)。
私と同じ様にニホンオオカミの研究をしている(た)。
20年以上前、奈良県東吉野村で行われたニホンオオカミを含む野生動物のフォーラムが最初の出会いだったが、初めから異質のものを感じていた。
奈良県東吉野村でのフォーラム
端的に言うならば知ったかぶりをするのである。
ある機関紙の記述をめぐって、些細な事だったのだがやりあった事がある。
それを根に持ったのか、私としては絶対許すことができない【SCIENCEの中で嘘はタブー】を犯してきた。
自ら『奥秩父山系幻のニホンオオカミの生存を求めて50年』なる小冊子を著し、
「環境庁自然公園指導員」「日本山岳会会員」「日本山岳会ガイド連盟会員」の肩書きを掲げ、その中で堂々と嘘を。
T氏の著作物
かいつまんで説明すると、私が写真撮影した秩父野犬をT氏は友人のM氏と、
【1996年5月に同じ山域で見た。
写真には撮れなかったが、全く同一の動物であった。
「秩父野犬」はあの付近に定住している、何故か?首輪の跡が有る。太っている。人を恐れない。】云々。
そして末尾近くにこう記してあった。
『撮影地点より若干下流の谷は狼窪と呼ばれ、大正閣の裏には狼岩もあり、狼が生存したと考えられます。』と。
私はT氏の文章を「嘘だ」と直感的に感じた。
現地に大正閣は無いし狼窪の位置も違っている。
誰かから聞いた話で、現場を良く知らないで書いている!。
大正閣では無く大松閣なのだ!
真実は直ぐ明らかになった。
現場近くの渓流釣堀の責任者からの話を、私への意趣返しにかでっち上げたのであった。
「秩父野犬」の目撃談は【オオカミの映像-2】にて記した柿沼氏の目撃談であったし、釣堀責任者への礼状には、聞いた事は内緒にして欲しい旨の文面も記されていた。
1995年11月に三峰神社で開かれたニホンオオカミフォーラムは、奈良県天理市のニホンオオカミ研究会が主催で、私が現地での運営を引き受けての開催だった。
フォーラムに集まった人たち・神社の鳥居前にて
開催当日までの流れの中で、大会会長である天理市のN氏がラジオ番組の中で、
「ニホンオオカミの生存は信じるが、大陸オオカミを森林生態系維持の為放さざるを得ない」とやってしまった。
事務局の私は何も聞かされていなかったし、数日間はその対応で大変な思いをさせられた。
コエン・エルカさん とはこれが縁で交流が始まった
鹿が増えすぎた為、森林生態系に悪影響を及ぼしている。
大陸オオカミを放して鹿の数量制限をすべきだ!と言う事だったのであるが、それでは動物の生態系はどうなってもいいのか?との意見が連日のように私の元へ届けられたのである。
すぐさまN氏の下に現状を報告し、その手の話はフォーラム終了まで止めて貰うようお願いした。
このフォーラムの基調講演を行った丸山直樹氏
フォーラムは成功裏のうちに幕を閉じる事ができたのであるが、N氏とはそれで交流を断ってしまった。
N氏と袂を分かってから私は、同じ目的を持つ近隣の研究者達と一緒に生存の証明をするべく活動を続けたのであるが、結果としては多くの者が同床異夢である事が分かっただけだった。
ひどいのになると私の持つ情報をリークする為だけに集まってきたのか?と思われる者もいたのである。
愚かな私は、T氏の小冊子を手にするまで気付かずにいた。
T氏の著作物に掲載されているY 氏の記事
信じてきた仲間の裏切り行為にあうことは、予想以上にダメージが大きいものである。
それ以後私は多くの仲間との交流を避け、互いに信頼できる者十数人とで,密かにと言える範囲での活動に留めている。