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Channel: ニホンオオカミを探す会の井戸端会議
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書き留めたノートから

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六月初めの山中であったにもかかわらず、その日は暑く蒸した状態で快適な登山日よりとは言い難い気象条件であった。

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体験談の舞台となった両神山の全景

坂本の集落から歩き始めた三人は、三十分ほど歩いて朝食のため川原へ降り荷物を広げて座れる所を見つけて腰を下ろすと、持参の握り飯を食べ始めた。

車を捨てた坂本近辺とは違い、上流の林から流れ出た沢の涼気に包まれて居ると、先ほどまで感じていた暑さも、気だるさも嘘のように吹き飛んでいた。

食事が終わって出発の支度に掛かる時だった、山の上の方角から鐘の音?が“ゴーン”と鳴り響いて、V字の谷の中でこだまのように反響を繰り返した。

そしてすぐ又二回目の鐘の音が同じように・・・・。

三人とも遠くの寺の鐘の音だと思い誰も違和感を抱く者はいなかった。

川原から登山道に戻ると集落の最深部と思われる二、三軒の家が有り、そこから先は道が狭くなっている為、本橋安夫を先頭に歩いて行くと、山の方から柴犬が転がるように下の集落へ駆け抜けていった。

三人の存在を全く意に介さず体の横をすり抜けて行くさまは、何かに追われている様で生死の界にあったのかも知れない。

この時点でも潔は川原で聞いた鐘の音?との関連を考えるには至っていなかった。

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一昨年のフォーラムで体験を語る柳内潔氏

の右岸左岸を何度も繰り返し渡り歩きながら一時間位すると、今まで視界のきかなかった林から急に開けた開豁地へ飛び出した。

 数年前まで人間が集団で生活した痕跡が色濃く残っているその場所は、谷を中心に扇形に開けて、これから登る八丁峠の方向が良く見渡せた。

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3人が必死のおもいで辿り着いた八丁峠

の左岸に作業小屋が残っていて、小屋の横からつづら折れの山道が続くのが見えていた。

作業小屋の周りにはキツイ山仕事の疲れを癒すのに必要だったのか、山中の夜の退屈さを紛らせる為か、おびただしい数の焼酎の一斗甕が残されていた。

残された道具など無い作業小屋の周囲に積み上げられた甕の存在は、、かつてここに人の暮らしがあったのだと、語っているようだった。

 深さ三㍍の谷を隔てた右岸の斜面には、伐採の残骸とも言える粗だ木が積まれた箇所が点々と数多くあった。

その中の一つに周囲の色と同化したように、奥秩父の山中には不釣合いな“立派なイヌ”が三人の様子を観察して立っていた。

誰が最初に見たという事ではなく、三人がほとんど同時に気が付いた。

動物が発するエネルギーが三人の目をその方向に向けさせたのかも知れない

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潔氏が良く似ていたと言った通称「祖母野犬」

潔はそのイヌ科の動物を見た時こんな風に考えていた。

「それ程イヌが好きという事ではないが、あんないいイヌなら飼ってみたい」。

「こんな山中にあんないいイヌが野放しでいる訳が無いのだから、飼い主が上の方から下りて来るだろう」・・・と。

動物と人間達はお互いが安全を確認した距離、約二十㍍位の間隔を保ったまま見詰め合っていた。

粗だ木の上に立つ動物の姿は威風堂々と落ち着いており、上の方から降りてきた事を窺わせ、体の左側面を三人に見せたまま、四十五度の角度で、鋭い眼差しでこちらを見ていた。

動物の様子からもう少し近い距離でも大丈夫だったと思うが、目の前の深さ3メートルの谷が、距離を縮める事を許さなかった。

 毛は茶色がベースの中に灰褐色が混じっていた。

大きさは例えて云うならば四国犬位か、中型犬より少し大きめ、頭胴長一㍍位で、尾は垂れていた。

時々耳をピクッと小刻みに動かしているのは、蝿、蚊の類を嫌っていたか、視界外の危険を探っていたかで、決して三人に対して敵意を持っている様子は見られなかった。

ただ、上方から身動きせずに、鋭い眼差しで見ているのだから、誰かが射すくめられた感じになったとしても、不思議ではなかった。

この時の“立派なイヌ”について潔は、2000年夏に九州の祖母山系で西田智によって撮影された、イヌ科動物の写真と非常に良く似ていると後日語っている。

その“立派なイヌ”は、三人の人間の観察に飽きたのか、他に理由があったのか、ゆっくりと粗だ木の向こう側に移動し視界から消えた。

存在に気付いてから見えなくなるまで、どの位の時間が過ぎたのだろうか?

多分二十秒から三十秒位だったのだろう。

山中で思いがけず良いイヌを見られた喜び、襲われずに済んだ安堵感、もう少し見ていたかった欲求、多くの感覚が頭の中で入り混じって、真白に近い状態になっていた。

動物が視界から消えて、やがて三人は我に帰った。

一呼吸して誰言うともなく、小屋の横手から続く急な九十九折れの山道を登り出した。

歩き始めてから十四~五分後、やけにハエが飛び交っているのに気付き、注意して見ると道のすぐ脇の草の中に肉の塊のようなものがあった。

ハエはそこから飛び立ったのだった。

転がっている骨の端にはウサギと思われる毛が付着していて、肉の塊と思ったのはまだ血の滴った臓物だった。

家の跡取り息子として大事に育てられおっとりした潔であったが、次から次へと続いた異変も、初めてここで全てが関連付けられ、そして今自分が置かれている状況を十分過ぎるほど理解出来たのである。

川原で聞いた鐘の音も、血相を変えて人里に走り去った柴犬も、目の前にある血の滴った兎の臓物も、奥秩父の山中には似つかわしくないさっきの立派なイヌ!ニホンオオカミの成せる仕業としたら・・・。

思いは他の二人も同じで、一番始めに行動を起こしたのは、山慣れしている本橋安夫であった。

山道を外れて林の中から一㍍四・五十センチの棒を見つけてしごきだした。

それを見て柳内親子もそれぞれ適当な棒を手にして、少し落ち着く事が出来た・・・様な気がした。

三人は襲って来るかもしれない動物に気を配りながら、八丁峠への急坂を急いだ。

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八丁峠までの険しい山道

八丁峠に着くと二人の登山者が休んでいるところに出会い、ここで今まで抱えてきた恐怖感から漸く開放された気持ちになれた。

峠から両神山頂へは、鎖場がいくつも続くルートで一般向きでは無いのだが、どのようにして通過したか全く記憶に無いと言う。

勿論、両神神社の石像が狛犬でなく、ニホンオオカミである事も意識の中には無くて、諸々の状況の中で日向大谷に下ったらしい事が、後になって想像できるのだと言う。

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両神山頂のお犬像-1

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両神山頂のお犬像-2

 上記文面は、1964年の6月初めの両神山登山中での遭遇記で、柳内賢治氏が「幻の二ホンオオカミ」として出版されているのですが、同行者である息子潔氏の視点からの体験談です。

書籍の内容と違った点も多々見受けられますので、見比べても面白いと思います。

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柳内賢治氏が著した「幻の二ホンオオカミ」

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