浦和東ロータリークラブの事務局長が、十文字峠からの帰路獣の咆哮を聴き、ニホンオオカミの話を聞きたくなったのと同様、遭遇体験をしたメディアの方に招かれた事が2度ほど有りました。
最近ではNHKのETVで放映された「見狼記」。
番組制作会社「うぇいくあっぷらんど」の制作プロデューサー金尾礼仁さんがその当人ですが、その辺の経緯は【Interview】ETV特集『見狼記』スタッフ・インタビュー】の中で紹介されていますので、前振りを含めそれをご紹介します。
【Interview】ETV特集『見狼記』スタッフ・インタビュー
« PreviousNext »「見えないものを見ようとした人々の、ものがたり。」
明治末期に絶滅したといわれるニホンオオカミ。
この幻の獣に酷似した動物を目撃して以来、もう一度出会う悲願のため情熱を燃やし続ける男性がいる。
『見狼記~神獣ニホンオオカミ~』は今年(2012)年2月にNHK Eテレの「ETV特集」枠で放送されて大きな反響を呼び、5月には異例の2週連続アンコール放送を果たした。
“見えないもの”を主人公にした異色ドキュメンタリーを、スタッフはどのように育て、題材と格闘したのか。
制作スタッフの2人とプロデューサー、3人の証言から『見狼記』の世界を探る。
インタビュー中の新倉・金尾(右)さん
新倉 NHKBSの『熱中人』に(社外ディレクターとして)一緒に参加していました。
『熱中スタジアム』のなかの、毎回なにかに熱中している人に密着する
コーナーで、後に15分番組として独立したものです。
ここでニホンオオカミを探し続けている八木さんと会ったんです。
この時、『熱中人』のプロデューサーから「この題材は膨らませられる。1時
間枠にできるのでは」とアドバイスを受けたのが『見狼記』のはじまりです。
八木さんのエピソードのOAは2010年11月でしたが、その頃にはEテレ向
けの提案書を練っていました。
熱中人ロケ時・大徐ヶ沢不動尊にて
――1996年に奥秩父の林道でニホンオオカミらしき動物を偶然目撃し、その時
撮った写真が全国紙に掲載されて話題となった八木博さん。
『見狼記』でも憑かれたような情熱でニホンオオカミを探し続ける中心人物
ですが、八木さんと会ってニホンオオカミの存在に興味を?
金尾 もともとは私自身の体験なんです。
1993年頃、ある番組のロケハンで秩父の秘湯を探していて、夕暮れ時にあ
る峠を車で越えたら、右手の沢からチョコチョコッと上がって来たんです
よ。
それを見た瞬間まず脳裏を走ったのが、(あ……これはイヌじゃない)。
――……はい。
――え? それは番組で語られる八木さんの目撃談でしょう。
金尾 だから、八木さんとそっくりな体験を私もしたんですよ! イヌ科の動物
だけどキツネでもタヌキでもない。
本当に分からなかった。
3年後に八木さんの写真が新聞に載った時は、オレが見たのと一緒だと仰
天しました。
でも、その時点では世間話のレベルでしたね。
すぐに信じてくれる人なんていないから。
それが、『熱中人』のネタ打ち合わせでなにか無いかと考えている時、急に
思い出した。
「オレはニホンオオカミ(らしき動物)を見たことがあるんだ!」(笑)。
そこから八木さんにアプローチして始まった話です。
金尾さんも遭遇した秩父野犬
――八木さんの調査に同行し、一緒に山に上りながら、思いは共有してい
ましたか。
新倉 もちろんです。
作り手が題材に溺れてしまわないよう一定の距離を保つことは大事です
が、取材対象者の気持ちに寄り添ってこそ引き出せることも大きい。
八木さんに対してもそれは同じです。
八木さんの96年の写真の力はやはり大きいし、金尾さんも似た動物を見
ている。
その上でいつも八木さんの話を聞いていれば、制作中はニホンオオカミ
の存在を信じますよ。
いないわけがないだろうと。
奥秩父の山は少しでも入ったら、もう自分がどこにいるのか分からなくな
ります。
自然の力強さに圧倒されて、なぜ自分みたいなちっぽけな存在がこの山
にニホンオオカミがいないと否定することができるか。
そこまでの気持ちになります。
見狼記、ロケ中の一コマ
飛龍山頂で咆哮収録を試みた
飛龍山への山道の風景
金尾 私は八木さんの気持は最初からよく分かったけど、当初はやはり自分たち
の身が可愛いし、ロケでケガをしてもいけない。
奥秩父には本州で見られる大型哺乳類の全てが生息しています。
特に(八木さんの監視カメラにも写っている)クマは怖かった。
飛龍山の第1回の撮影の時は、鈴を服に付けたり笛を持って山に入ったん
です。
そうしたらクマどころか、シカ一匹出てこない。
動物の気配は微かに感じるんだけど、絶対に我々の前に姿を現さない。
よく考えたら、そんなチャラチャラと音を立てるところに野性動物が出て
来るわけがないよね(笑)。
「探そうと思う気持ちがあると出会えない。気配が伝わる」というナレー
ションは、番組に登場した山岳救助隊の方に教わった言葉であり(実は八木
の発言)、我々の実感でもあります。
新倉 それなりの装備をしてスタッフ7、8人で行き、すごく寒い、辛い思いをして
シカ一匹出てこなかった。
これは悔やまれました。
これは絶対に私たちのほうが悪い、少人数でもう一回上ろうと、下山の途
中で決めました。
2回目の撮影はもう入山ギリギリのタイミングだったから、寒くて寒くて生
きた心地がしなかったけど。
飛龍山頂でキャンプ
キャンプ時のK氏
飛龍山禿岩から和名倉山を臨む
金尾 本当に険しい自然林の山で、新倉の足の親指の爪は両方とも割れてしま
いましたからね。
2回目は機材を運んでくれるウチのスタッフと二手に分かれて、私がカメラ
を持ってまず1人で歩いていた。
疲れて頭の中は真っ白ですよ。
すると50mぐらい先でカサカサッと音がして、初めてシカが顔を出した。
それを番組で使っています。
色気が少しでもある時はダメだったのに。
(オレたちをどうこうする気は無いな)と分かってくれれば、出て来てくれ
る。
不思議でした。
皮肉な話でもあります。
ニホンオオカミが見たいと情熱を燃やせば燃やすほど、出て来てくれなく
なる。
新倉 「私が死んだら山の中に浅く土葬してほしい。ニホンオオカミがほじくり返
して食べてくれたら本望」と八木さんが言っているのは、本心なんですよ。
クライマーで心から山を愛してもいるから、火葬されて二酸化炭素を増
やすよりは浅く土に埋められて、死後でもいいからオオカミと出会いた
い。そういう方でした。
ところで、見狼記のロケは6か月間を要し、私は月の半分休職し撮影に協力しました。
その頃既に私の下には70例以上の体験談が届いていましたが、誰の体験を撮影に使うか相談を受けました。
最終的には、「飛龍山(2.077m)で2度咆哮を聴き、下山中の前飛龍で遭遇した」とするK氏の体験を採用し飛龍山ロケとなったのですが、その後遭遇現場にカメラを設置し、動物観察を1年間続けました。
そして見事、幾度もイヌ科動物の映像を撮影する事に成功しましたが、それはキツネの映像でした。
前飛龍・目撃現場のカメラに映った動物
K氏の体験は、「2010年11月20日過ぎ14時頃・飛龍山頂にて昼食中咆哮を聴き、飛龍権現への下山途中もう一度聴く。
前飛龍の急坂の途中、登山道を横切る動物を目撃。
恐ろしさの余り、下山道を変更し先ほど来た道を引き返し、三条の湯経由で帰宅。」でした。
飛龍権現の道しるべ
その後「仲間と渓流釣りで山中に入り(2016年6月18日)、林道脇でキャンプをしていた際近くの林の中で、複数の獣が威嚇しあっている(感じの)唸り声がした。
21時30分頃、体高50cm位、頭胴長120cm、立耳、差尾、でシェパード位の大きさ、タイプ標本に似ている感じのイヌ科動物が、流木を燃やしキャンプをしている処5m近くに現れた。
その夜食料その他をテントの外に出して寝たのだが、朝起きたら、それらの殆ど全てを持って行かれ、近くの藪中に残骸が散らかされていた。」
と、する体験をされましたので、飛龍山で遭遇した動物との比較を聞きましたら、「前飛龍の動物はとても小さかった」と仰っていました。
前々から、「2度も咆哮した動物がK氏の前をあわてて横切った」事に疑問を感じていた私は、「前飛龍の急坂で見た動物は、Kさんが聴いた2度の咆哮におびえて、逃げ出した動物だった可能性も有りますね」と問うと、Kさんは否定をしませんでした。
私の設置したカメラに映った動物と、上記K氏の発言を鑑みると、「前飛龍の急坂で見た動物はキツネだった」とするのが、正解の様です。
飛龍山に向かう私(前)とK氏